自分はメモをPKM(Private Knowledge Management)としてストックしており、2026年4月時点で1900件程度のメモが貯まり、資格勉強などで活用している。 メモを利用する体制が整っているのに、なぜ個人ブログを始めたのか。 しかも、2025〜2026年にかけて2ヶ月ほど個人ブログを運用していたが、廃止した経験もある。 それをこの記事で説明する。

PKMは学習などで機能してきた。 直近2〜3年でCCNPやAWS SAPなど10個程度の資格を取得できたという実績もある。 学習メモを蓄積していくことでメモ間にネットワークを形成して、知識習得の効率化につながった。

しかし、PKMだけでは限界があると痛感したことがある。 2025年の転職活動時、ある企業との技術面談で自分の業務内容および基本的なIT知識について回答する場面があった。 質問に対して概要を回答することは問題がなかったが、同じトピックについて、自分の予想よりも深掘りして質問されたため、途中から答えに詰まった。 また、新人エンジニアに技術を教える機会があった際、相手からトピックについて、応用したような質問を受けて回答に窮したこともある。 自分では理解しているつもりでも、深く言語化できていないために失敗した経験である。

これは「流暢性の誤謬」によるものだと考えた。 表面的な情報を処理しているだけで、学習内容を深く理解していないにも関わらず、覚えた気になる心理的な現象だ。 学習内容についてスムーズにインプットすることと、説明や実践などのアウトプットは別物だった。

説明・言語化に絞ってアウトプットを強化するためにブログを選択した。 自分向けのブログとして運用する想定だが、読者ゼロでも「公開する」という形式自体に意味はある。 外部のユーザーに読まれるという意識を持つことで、細部の不備や曖昧な表現などに気付き、自分の言葉で表現する状態に近づく。 ブログとして公開することで自分を律するシステムとする。

自分は過去に個人ブログを運用していたが、当時の主目的は外部PRだった。 転職活動中であり、ブログ記事の内容も外部ユーザーに理解しやすいよう心がけた。 しかし、運用中はフィードバックがなく、週2本のノルマが精神的な負担となり、加えて転職活動の完了で外部PRという目的自体が真空化した。 結果として廃止に至った。

過去の失敗を繰り返さないよう、再開にあたって対策を二軸で立てた。 1つ目はルール側だ。 PV・いいねなどの指標は計測・参照しない。 ノルマも設けない。 凍結期はゼロ本でも許容する。 2つ目はツール環境側だ。 生成AIによってブログ構築のハードルが下がり、自分好みのデザインのブログを自作できる環境が整った。 ツール環境そのものが学習・執筆のモチベを支える装置になる。 これらの対策は全て、外部要因に左右されず自分のペースで書き続けるためだ。 対象読者は自分と5年後の自分。 公開という形式は記事執筆への緊張感を生む仕組みとして扱う。 これが /fumi/notes だ。